設備が突然止まるたびに、生産計画が狂い、残業が発生し、顧客への納期が遅れる。そのような経験を持つ製造現場は多い。八千代ソリューションズの2025年調査によると、製造業における突発停止の年間損失額は平均1,892万円に上る。にもかかわらず、有効な対策を実行できている企業は全体の4割にも満たない。
「予知保全に取り組みたいが、何から始めればよいかわからない」「予防保全と予知保全、どちらが自社に合っているのか」という問いを持つ現場担当者・保全責任者に向けて、両者の違いとコストを具体的に整理する。
事後保全・予防保全・予知保全の定義と違い
設備保全には大きく3つのアプローチがある。それぞれの定義を明確にしておく。
事後保全(Breakdown Maintenance) 故障が発生してから修理・交換を行う方式である。計画的な保全コストは低いが、突発停止による生産損失や緊急修理費用が大きくなりやすい。
予防保全(Preventive Maintenance) カレンダーや稼働時間など、あらかじめ決めた周期に従って点検・部品交換を行う方式である。計画が立てやすく、現場への浸透も容易な点が強みだ。一方、設備の実際の状態に関わらず部品を交換するため、まだ使用できる部品を廃棄するコストが発生しやすい。
予知保全(Predictive Maintenance) センサーやAIを活用し、設備の状態を継続的に監視することで、異常の予兆を検知した段階でメンテナンスを行う方式である。必要なときに必要な保全だけを行うため、コストの最適化と突発停止の防止を同時に実現できる。
| 保全タイプ | 実施タイミング | 主なコスト | 突発停止リスク |
|---|---|---|---|
| 事後保全 | 故障後 | 修理費・損失 | 高 |
| 予防保全 | 周期ごと | 部品費・人件費 | 中 |
| 予知保全 | 異常予兆時 | 初期投資・監視費 | 低 |
予防保全のメリットと限界
予防保全が中小製造業に広く普及している理由は、導入のシンプルさにある。「3か月ごとにオイルを交換する」「2,000時間ごとにベルトを交換する」という形でルール化できるため、保全の属人化を防ぎやすい。
ただし、予防保全には構造的な課題がある。日本プラントメンテナンス協会の調査によると、製造業における設備保全費用のうち予防保全費用が最も大きな割合を占める一方、過剰保全(まだ使える部品の早期交換)による無駄なコストが発生しやすい実態がある。
具体的な問題点を整理すると、以下のとおりである。
- 設備の実際の状態に関わらず部品を交換するため、コストが過剰になりやすい
- 周期の間に突発故障が発生するリスクをゼロにはできない
- 設備の稼働状況が変わっても、保全周期の見直しが遅れがちである
- 熟練者の「勘」に依存した点検が残り、技術伝承の問題につながる
予知保全が解決する課題とコスト削減効果
予知保全の最大の価値は、「故障する前に、必要な保全だけを行う」点にある。Deloitteの2022年レポートによると、予知保全の導入によってダウンタイムを最大15%削減し、労働生産性を20%向上させ、予備部品の在庫を最大30%削減できるとされている。
また個別の事例では、液晶ディスプレイ製造設備のドライポンプに予知保全を導入した製造業者がメンテナンス費用を40%削減した事例や、石油・ガス分野でメンテナンスコストを最大38%削減した事例が報告されている。
さらに日本市場の成長も注目に値する。2024年の国内予知保全市場規模は7億7,472万米ドルに達しており、2033年までに年平均28.5%の成長率で74億ドル超の市場に拡大すると予測されている(サステナビリティアクション調べ)。
PlantEarによる音響診断
予知保全の第一歩として「音」の変化に着目するアプローチは、中小製造業に特に有効である。PlantEarは、スマートフォンで設備の音を録音するだけでAIが異常を即時診断するプラットフォームだ。専用センサーや大規模なシステム投資は不要で、無料プランから試すことができる(有料プランは月額¥2,980〜)。
中小製造業はどちらから始めるべきか
「予防保全か予知保全か」という問いは、二者択一ではない。実態として、多くの中小製造業は以下のような段階を踏んで保全レベルを上げていくことが現実的だ。
ステップ1:事後保全からの脱却(まず予防保全の整備)
保全記録がなく、「故障してから直す」状態から抜け出すことが最初の課題である。設備台帳の整備と、最低限の定期点検ルールの策定から着手する。
ステップ2:重要設備の選定と予知保全パイロット
すべての設備に予知保全を導入しようとすると、コストと工数が膨大になる。まず「止まると最も困る設備」を1〜2台選定し、そこに絞ってパイロット導入する。音・振動・温度のいずれか一つのデータから監視を始めるのが現実的である。
ステップ3:効果検証と横展開
パイロット設備で得られた異常検知の実績とコスト削減効果を定量的に記録し、それをもとに他の設備へ展開する。このサイクルを回すことで、無理なくDXを進められる。
予知保全の導入コスト試算
「予知保全は大企業向け」という誤解は依然として根強い。実際のコスト感を整理する。
従来型の予知保全システム(大規模)
- 振動センサー(設備1台あたり):5万〜30万円
- IoTプラットフォーム構築:100万〜500万円以上
- 初期導入費用の合計:数百万〜数千万円規模
スモールスタート型の予知保全(中小向け)
- スマートフォン+AI音響診断アプリ:月額数千円〜
- PoC(概念実証)用の簡易センサー+クラウド:約50万円〜
- 段階的に投資しながら効果を確認できる
従来型システムのように大規模な初期投資が不要なアプローチを選ぶことで、中小製造業でも予知保全の恩恵を受けることが可能になった。
3つの保全タイプのコスト比較
設備1台を対象に、保全コストを年間で概算すると以下のとおりである(設備規模・業種によって大きく異なるため、あくまで参考値として示す)。
| コスト項目 | 事後保全 | 予防保全 | 予知保全 |
|---|---|---|---|
| 定期部品交換費 | なし | 高(過剰交換含む) | 低(必要時のみ) |
| 緊急修理費 | 高(突発対応) | 中 | 低 |
| 生産損失 | 高(突発停止) | 中 | 低 |
| 監視・システム費 | なし | 低 | 中(初期投資あり) |
| 総コスト傾向 | 高 | 中〜高 | 中(長期で最小化) |
予防保全は短期的には安定しているように見えるが、過剰保全と突発停止のリスクを合わせると、長期的には予知保全に軍配が上がるケースが多い。
まとめ|中小製造業の保全DXへの第一歩
予知保全と予防保全は対立するものではなく、段階的に組み合わせるものである。
整理すると以下のとおりだ。
- 保全の記録・ルールが整っていない企業はまず予防保全の仕組みを作る
- 重要設備が1〜2台に絞れるなら、今すぐ予知保全のパイロットを始められる
- スマートフォンベースの音響診断なら、初期投資を最小化しながら効果を検証できる
- 突発停止の損失(年平均1,892万円)を考えると、投資対効果は十分に見込める
保全DXは「一気に全社展開」ではなく、「重要設備1台からのスモールスタート」が成功の鍵である。
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| 安全ポスト+ | ヒヤリハット報告AI | 設備トラブル報告 |
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参考資料
- 八千代ソリューションズ株式会社「製造業の突発停止に関する調査」(2025年)
- Deloitte「Predictive Maintenance Report」(2022年)
- サステナビリティアクション「日本の予知保全市場規模予測」(2024年)
- 日本プラントメンテナンス協会「2023年度メンテナンス実態調査」
