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ナレッジマネジメントとは?製造業で暗黙知を共有する実践方法

著者: GenbaCompass17
#ナレッジマネジメント 製造業#暗黙知 形式知#SECIモデル#技術伝承 AI#知識共有 現場

製造現場で「あの人がいなければ、この問題は解決できない」という状況に心当たりはないだろうか。ベテランの判断力、経験から来る勘、言葉にしにくいコツ——こうした知識が特定の個人に集中していると、組織として大きなリスクになる。

ナレッジマネジメントは、そうした個人に依存した知識を組織の資産として共有・活用するための考え方と実践方法だ。本記事では、製造業での具体的な取り組み方をSECIモデルを軸に解説する。


ナレッジマネジメントとは何か

ナレッジマネジメント(Knowledge Management)とは、組織内に存在する知識・経験・ノウハウを体系的に収集・蓄積・共有・活用する経営手法のことだ。1990年代にピーター・ドラッカーや野中郁次郎らによって理論化され、製造業をはじめとする多くの産業で実践されてきた。

重要なのは「ナレッジ(知識)」を2種類に分けて考えることだ。

暗黙知と形式知の違い

**暗黙知(Tacit Knowledge)**とは、言語化・文書化が難しい知識を指す。熟練工が音と手触りで製品の異常を察知する感覚、ベテラン溶接士が素材や環境に応じて微妙に変える火力調整、長年の経験から来る「なんとなく嫌な予感」——これらはすべて暗黙知だ。

**形式知(Explicit Knowledge)**は、言語・数式・図表で表現できる知識だ。操作マニュアル、設計図、チェックシート、品質基準書などが該当する。文書化されているため、誰でもアクセスして活用できる。

製造業の現場では、熟練技術者が保有する暗黙知の比率が高い。これが技術継承を困難にしている根本的な原因であり、ナレッジマネジメントが解決を目指す課題でもある。


製造業でナレッジマネジメントが急務な理由

就業者数の減少と高齢化

経済産業省・厚生労働省・文部科学省が共同発行する「2022年版ものづくり白書」によると、製造業の就業者数は2002年の約1,202万人から2021年には約1,045万人へと、約20年間で157万人減少している。さらに34歳以下の若年就業者数は同期間に約121万人減少し、65歳以上の高齢就業者数は約33万人増加しており、現場の高齢化が進行している。

技能継承が「うまくいっていない」現実

労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、製造業において技能継承が「重要」と考える企業は66.4%に上る。一方、技能継承が「うまくいっている」と回答した企業はわずか5.2%にとどまり、「あまりうまくいっていない」(47.1%)と「うまくいっていない」(6.7%)を合わせると、半数以上の企業が継承に課題を抱えている(出典:JILPT「ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査結果」2020年)。

従来の「見て覚える」「背中を見て育つ」式の継承方法は、急激な人員変動や世代交代のスピードに対応できなくなっている。組織として体系的に知識を管理する仕組みが不可欠だ。


SECIモデル:ナレッジマネジメントの理論的基盤

SECIモデルは、一橋大学名誉教授の野中郁次郎らが1995年に著書『知識創造企業』(The Knowledge-Creating Company)で提唱した理論だ。暗黙知と形式知が4つのプロセスを経て変換・創造されるサイクルを示している。

1. 共同化(Socialization):暗黙知から暗黙知へ

共同化とは、個人が持つ暗黙知を他者に直接移転するプロセスだ。言語を介さず、共同体験や観察を通じて知識を共有する。

製造現場での例:

  • ベテランと若手が同じ作業を並んでこなすOJT
  • 熟練工の手元を間近で観察する「見学型研修」
  • 設備点検の巡回をベテランと一緒に行い、異音・異臭の感知を体得する

この段階では、知識はまだ言語化されていない。体験と感覚の共有が主眼になる。

2. 表出化(Externalization):暗黙知から形式知へ

表出化とは、暗黙知を言語・図表・数式として外部化するプロセスだ。SECIモデルの中で最も重要とされる変換であり、ナレッジマネジメントの核心部分でもある。

製造現場での例:

  • 熟練工へのインタビューを通じた作業ノウハウのマニュアル化
  • 「この音がしたら異常」という判断基準の文書化
  • 品質検査における合格・不合格の判断根拠を図解でまとめる
  • 失敗事例と対処法を事例集として整理する

表出化を難しくする要因は、暗黙知の保有者自身が「なぜそうするのか」を説明しにくいことだ。「長年の経験でわかる」という答えが返ってくることも少なくない。この壁を越えるための工夫が、実践において最大の課題になる。

3. 連結化(Combination):形式知から形式知へ

連結化とは、複数の形式知を組み合わせ・再構成して新たな形式知を生み出すプロセスだ。

製造現場での例:

  • 複数の作業マニュアルを統合して標準作業手順書(SOP)を作成する
  • 各工程の検査データを集約して品質管理データベースを構築する
  • 複数のトラブル事例を分析し、共通する原因パターンを体系化する

デジタルツールやデータベースの活用が特に効果を発揮する段階であり、ERPシステムや品質管理システムとの連携が有効だ。

4. 内面化(Internalization):形式知から暗黙知へ

内面化とは、形式知として整理された知識を実践を通じて体得し、自らの暗黙知として蓄積するプロセスだ。

製造現場での例:

  • 完成したマニュアルをもとに訓練を繰り返し、手順を体で覚える
  • e-ラーニングで学んだ理論を実際の設備操作で応用する
  • 事例集を読み込み、同種のトラブルが起きた際に自力で対処できるようになる

内面化が完了することで、若手社員も独自の暗黙知を形成し始める。これがSECIサイクルの一巡であり、次の共同化へとつながる。


製造現場でのSECIモデル実践ステップ

理論を理解しても、実際に現場で動かすには具体的な手順が必要だ。

ステップ1:現状の知識棚卸し

まず、組織内にどのような知識が存在し、誰がそれを保有しているかを把握する。

  • どの工程に暗黙知が集中しているか
  • ベテラン退職によって失われるリスクが高い知識はどれか
  • すでに文書化されている知識(形式知)は何か
  • 形式知はどこに保管され、誰がアクセスできるか

この棚卸しによって、ナレッジマネジメントの優先領域が明確になる。

ステップ2:共同化の場を設計する

暗黙知の移転は、意図的な「場」を設計することで促進できる。

  • ベテランと若手のペア作業を定期的に組み込む
  • 熟練工が「なぜその判断をしたか」を語る場を設ける
  • 作業観察の機会を記録できる環境(動画撮影など)を整える

重要なのは、「一緒に作業する」だけでなく「その場で対話する」ことだ。なぜその判断をしたのかを言語化しようとすることが、次の表出化につながる。

ステップ3:表出化を支援する仕組みを作る

暗黙知の言語化が最難関だ。以下のアプローチが実践的に有効とされている。

インタビューによる聞き取り 「どんな場合に〇〇と判断しますか?」「うまくいかないときの典型的なパターンは?」といった質問で、熟練工の判断基準を引き出す。

動画・写真の活用 作業手順を動画で記録し、後からナレーターとして当人に解説を加えてもらう。文字では伝わりにくい動作・感覚を映像と言語の組み合わせで表現できる。

失敗事例の言語化 「なぜそのトラブルが起きたか」「どう対処したか」を事例集として蓄積する。成功事例より失敗事例のほうが、判断の根拠が浮き彫りになりやすい。


技術伝承AIの活用

表出化のプロセスでは、インタビューの設計・文書化・整理に多くの工数がかかる。GenbaCompassの技術伝承AIは、AIがインタビュアーとして熟練工に質問を投げかけ、その回答から体系的にナレッジを抽出・整理する機能を提供している。「どう聞けばいいかわからない」「文書化する時間がない」という現場の課題を解消し、表出化の工数を大幅に削減できる。


ステップ4:連結化でナレッジを組織資産に変える

個別に形式知化された知識を、組織として活用できる形に整理する。

  • 作業マニュアルを標準化し、全拠点で共有する
  • トラブル事例を検索可能なデータベースに格納する
  • 品質データと紐づけた分析で、予防的なナレッジを生成する

この段階でデジタルプラットフォームの導入が効果を発揮する。Wikiツール、SharePoint、専用のナレッジ管理システムなど、組織の規模とITリテラシーに合ったツール選定が重要だ。

ステップ5:内面化を促進する学習環境を整える

蓄積したナレッジが活用されなければ意味がない。

  • マニュアル・事例集を実際の業務訓練に組み込む
  • OJT中に「ナレッジ参照」を習慣化させる
  • 学習の進捗を定期的に確認し、フィードバックする

ナレッジを参照して実際に問題を解決した事例を共有することで、「使えるナレッジベース」としての認知が高まり、更新・追加へのモチベーションも向上する。


ナレッジマネジメントが失敗する典型的な原因

実践事例を見ると、いくつかの共通した失敗パターンが存在する。

文書化をゴールにしてしまう

マニュアルを作ることが目的になり、作成後に誰も参照しない、更新もされない状態に陥るケースが多い。ナレッジマネジメントの目的は「使われること」であり、文書化は手段に過ぎない。

ベテランへの依存が解消されない

ナレッジを形式知化しても、結局「わからなければあの人に聞く」という文化が残ると、若手の自立が促進されない。形式知を活用して問題を解決した成功体験を積ませることが重要だ。

更新されないナレッジベース

製造現場は常に変化する。設備の更新、製品仕様の変更、新材料の採用——これに伴ってナレッジも更新が必要だ。初期構築に力を入れても、更新ルールと担当者を決めておかないと陳腐化が進む。

評価・インセンティブの不在

ナレッジ共有を業務として認識されなければ、忙しい現場ではすぐに後回しになる。ナレッジ登録件数・活用件数を評価指標に含める、あるいは時間を確保するなど、組織的なサポートが不可欠だ。


AIを活用した暗黙知の形式知化

近年、AIの進化によって表出化プロセスが大きく変わりつつある。

NTTデータは川崎重工業との取り組みで、熟練設計者の暗黙知を形式知化して若手設計者に伝承するシステムの開発を進めている(NTTデータ「技術のバトンをつなげ!製造業の暗黙知伝承の最前線」2025年12月)。日立産業制御ソリューションズは2025年6月、OT分野の熟練者が保有する暗黙知を抽出し、既存の形式知と組み合わせてAIプラットフォーム上にナレッジとして体系化することを発表している。

AIが暗黙知の形式知化を支援するアプローチには、主に以下がある。

  • AIインタビュー:熟練工との対話から判断基準・ノウハウを引き出す
  • 作業映像の分析:動画から手順・ポイントを自動でテキスト化
  • 検索支援:蓄積されたナレッジの中から関連情報を素早く提示
  • 新人の質問応答:ナレッジベースをもとにAIが即時回答

これらの技術により、従来は数週間かかっていたナレッジ収集・整理が大幅に短縮されるようになっている。


技術伝承AIで体系的なナレッジ構築を

GenbaCompassの技術伝承AIは、こうしたAI活用を製造現場で実践するために設計されたツールだ。ベテランへのインタビューから始まり、得られた知識の整理・分類・検索まで一貫してサポートする。「まず何から始めればいいかわからない」という現場にとって、ナレッジマネジメントの起点として機能する。


まとめ

ナレッジマネジメントは、製造業が技術者の大量退職と人手不足という構造的課題を乗り越えるための有効な手段だ。SECIモデルが示す4つのプロセス——共同化・表出化・連結化・内面化——を意識的にサイクルとして回すことで、個人の暗黙知を組織の形式知へ転換し、さらに次世代の暗黙知として内面化させることができる。

実践上のポイントをまとめると:

  • 暗黙知と形式知の区別を理解し、現状の知識棚卸しから始める
  • 表出化(暗黙知の言語化)が最難関であり、インタビュー・動画・AIを活用して支援する
  • 形式知を「使われる仕組み」として設計し、更新ルールを定める
  • ナレッジ共有を業務として認め、評価やインセンティブで支える
  • AIを活用することで、収集・整理・検索の工数を大幅に削減できる

製造現場での技術継承は、「個人の努力」から「組織の仕組み」へと転換する必要がある。そのための第一歩として、ナレッジマネジメントの体系的な導入を検討してほしい。


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参考文献

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國分 良太

著者

國分 良太

制御設計エンジニア → AI・IoT・DX推進|東京の製造業メーカー開発部門

製造業の現場で設備設計・改善プロジェクト・品質向上施策に従事。なぜなぜ分析(RCA)やリスクアセスメントの実務経験をもとに、現場DXを支援するアプリケーションの開発と情報発信に取り組んでいます。

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