設備保全の現場で最も多く扱うトラブルの一つが、ベアリングの異常だ。回転機械の要所に組み込まれるベアリングは、劣化が進むと独特の異音を発生させる。その音を適切に読み解けるかどうかが、突発停止を防げるかどうかの分岐点になる。本記事では、ベアリング故障が音としてどのように現れるかを段階的に整理し、熟練者の聴覚点検とAI診断それぞれの特性を比較する。
ベアリングが異音を発生させるメカニズム
ベアリングは、内輪・外輪・転動体(ボールまたはローラー)・保持器で構成される。正常な状態では、適切な潤滑剤に守られながら転動体が軌道面を滑らかに転がり、ごく小さな作動音しか生じない。
この均衡が崩れる原因は主に3つある。
- 潤滑不良:グリース不足や劣化により、金属面が直接接触する
- 組付け不良:取付時の芯出し不良や過大な予圧が内部に歪みを生む
- 異物侵入・疲労:軌道面の剥離(フレーキング)や異物による傷が転動体に繰り返し衝撃を与える
軸受の早期故障の原因として、誤った取付・組立・潤滑剤選定ミスが全体の36%を占めるという報告もある(aubearing.com調べ)。また、軸受故障の半数以上は潤滑剤の質に関わる問題が背景にあるとされる。
ひとたび軌道面に傷がつくと、転動体が通過するたびに微小な衝撃が生まれ、これが音として外部に伝わる。この音のパターンを読み解くことが、故障診断の基本となる。
ベアリング故障の4段階と音の変化
ベアリングの損傷は一夜にして起きるわけではない。初期段階から最終的な破損まで、音の特性が段階的に変化していく。この進行過程を把握しておくことが、適切なタイミングでの保全介入につながる。
第1段階:初期劣化(超音波域の信号)
肉眼ではほぼ確認できない微細な傷が軌道面に発生し始める段階だ。この段階では、可聴域より高い超音波帯域(20kHz以上)での信号変化が現れるが、通常の点検では気づきにくい。作業音の中に埋もれてしまうため、人の耳による検出はほぼ不可能だ。設備を止めるような症状は現れず、温度もほぼ正常範囲内にある。
第2段階:軽度な異音発生
転動体が傷のある部位を通過するたびに、微かな「シャリシャリ」または「チリチリ」という高周波の摩擦音が断続的に聞こえ始める。聴診棒(聴音棒)を設備に当てた状態で集中すれば、熟練した保全担当者が感知できるレベルだ。振動値はわずかに上昇し始めるが、設備の運転には支障がない。
第3段階:顕著な異音・振動増大
傷の範囲が広がり、「ゴロゴロ」「ガラガラ」という低周波の連続音が明確に聞こえるようになる。特定の回転数や負荷条件で音が大きくなる傾向がある。振動値は正常時の2〜3倍に達することもあり、ベアリング周辺の温度上昇も観察される。この段階では、計画停止による交換が強く推奨される時期だ。
第4段階:末期(緊急停止が必要)
軌道面の剥離が進み、保持器や転動体が損傷する段階だ。「ガンガン」「ドドド」という激しい衝撃音が断続的に発生し、温度は急上昇する。設備を継続運転すれば、焼き付きや軸の破損、さらには装置全体の損傷に至るリスクがある。この状態を見逃すと、修理コストは軽度な段階の数倍から数十倍に膨らむ。
| 段階 | 音の特性 | 人の耳での検知 | 推奨アクション |
|---|---|---|---|
| 第1段階 | 超音波域のみ | ほぼ不可能 | センサー監視の強化 |
| 第2段階 | 微細な高周波音 | 熟練者のみ可能 | 監視頻度の増加 |
| 第3段階 | 明確な低周波音 | 誰でも気づくレベル | 計画停止・交換 |
| 第4段階 | 激しい衝撃音・温度異常 | 明らか | 即時停止 |
人の耳による聴覚点検の実態
長年、ベアリングの異音診断は熟練した保全担当者の「耳」と「経験」に委ねられてきた。聴診棒(または聴音棒)を設備のハウジングや軸受けカバーに当て、音の変化を聞き取る方法は、今も多くの現場で行われている。
この方法には実績があり、コストがかからないという利点がある。しかし同時に、いくつかの本質的な限界もある。
熟練者不足の問題:ベアリングの異音を正確に識別するには、長年の経験で蓄積された「音の記憶」が必要だ。製造業全体で熟練技術者の高齢化・退職が加速する現在、この技術を持つ人材は急速に減っている。
周囲騒音の影響:実際の現場は騒音が多い。コンプレッサーや搬送設備の音に混じった微細な異音を聞き分けるのは、静かな環境で行う点検とは難易度が大きく異なる。
主観性と記録の困難さ:「いつもより少し音が大きい気がする」という判断は、人によってばらつきが生じる。また、音の変化を定量的に記録・比較することが難しいため、時系列での劣化追跡ができない。
定期点検の間隔問題:週1回または月1回の巡回点検では、第1・第2段階の異音を適切なタイミングで捉えられないことがある。2段階目から3段階目への移行は、数日のうちに急激に進む場合もある。
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AI音響診断の仕組みと優位性
AI音響診断は、設備から発生する音をデジタルデータとして取得し、機械学習モデルが正常音との差異を自動判別する技術だ。2024〜2025年にかけて、製造現場への導入事例が急速に増加している。
診断の流れは大きく3つのステップで構成される。
- 音声取得:マイクロフォンやスマートフォンのマイクで設備の動作音を録音する
- 周波数分析:FFT(高速フーリエ変換)などで音声を周波数成分に分解し、特定周波数帯域の変化を抽出する
- AI判定:あらかじめ学習した正常時・異常時のパターンと照合し、異常の有無および種類を判定する
AI診断が熟練者の聴覚点検に対して持つ優位性は明確だ。
検知可能な周波数域の広さ:人間の可聴域は概ね20Hz〜20kHz程度だが、AIと組み合わせた音響センサーは超音波域も含めてカバーできる。第1段階の初期劣化を、人の耳より早期に検出できる可能性がある。
標準化された判断基準:AIは学習済みモデルに基づいて一定の基準で判定するため、担当者が変わっても結果がぶれない。熟練者の主観に依存しない客観的な診断が可能だ。
記録と時系列追跡:診断結果はデータとして自動記録される。過去との比較が容易になり、劣化の進行速度を定量的に把握できる。
周囲騒音への対応:信号処理技術によって背景騒音を除去し、設備本体の音だけを抽出することで、騒音の多い環境でも精度を維持できる。
SOMPOリスクマネジメントが提供する音響診断AI支援では、可聴音から超音波まで対応したアコースティックセンサーを活用し、ベアリング初期劣化の早期検知が実現されている(SOMPOリスクマネジメント、2024年)。
聴覚点検とAI診断の精度比較
聴覚点検とAI診断は、それぞれ異なる強みを持つ。どちらが「優れている」という単純な話ではなく、両者の特性を理解して使い分けることが現実的な運用になる。
| 比較項目 | 熟練者の聴覚点検 | AI音響診断 |
|---|---|---|
| 初期段階の検知 | 困難(超音波域は不可) | 可能(超音波域まで対応) |
| 第3段階以降の検知 | 確実 | 確実 |
| 周囲騒音の影響 | 大きい | 信号処理で軽減可能 |
| 判断の標準化 | 個人差あり | 一定の基準で判定 |
| 記録・データ化 | 困難 | 自動記録 |
| 直感的な文脈把握 | 得意(設備状態を総合判断) | 音声データのみ |
| 導入コスト | 低い(道具代のみ) | 要システム投資 |
現場での現実的な活用法として、AI診断で早期の異常を検知し、熟練者が最終的な判断・対処方針を決定するという「人とAIの分業」が有効だ。AI診断で「要注意」フラグが立った設備を熟練者が重点的に確認することで、限られた人材を効率的に活用できる。
三菱電機グループの製造拠点では、ドライポンプへの予知保全導入により保守費用を40%削減した事例が報告されている(予知保全導入事例、2024年)。ベアリングを含む回転機器の予知保全は、コスト削減の効果が特に大きい領域だ。
寿命予測への活用:RULという考え方
AI診断の進化した活用として、RUL(Remaining Useful Life:残余有効寿命)の予測がある。単なる「異常あり・なし」の判定にとどまらず、「このベアリングはあと何時間(または何日)使用可能か」を予測するアプローチだ。
RUL予測の仕組みは、個々の設備の過去の振動・音響データ、負荷条件、稼働時間を組み合わせてAIが学習し、残余寿命を数値化する。これにより、保全担当者は「感覚的な交換判断」から「データに基づく計画交換」へと移行できる。
RULを活用した保全計画では、以下の運用が可能になる。
- 生産ラインの停止スケジュールに合わせてベアリング交換を事前に計画できる
- 部品の在庫を適切なタイミングで確保でき、緊急手配コストが減少する
- ベアリングの寿命を最大限に活用できるため、過剰な早期交換を避けられる
ベアリング業界の世界市場規模は2024年時点で1,326億ドルに達しており(deallab調べ)、その大部分を占める回転機械の保全市場において、RUL予測技術への需要は今後さらに拡大するとみられる。
まとめ
ベアリングの故障は、第1段階から第4段階へと音の特性が明確に変化する。この変化を適切なタイミングで捉えることが、突発停止を防ぎ、修理コストを抑えるうえで不可欠だ。
- 第1・2段階は人の耳での検知が難しく、AI音響診断が有効
- 第3段階以降は聴覚点検でも明確に異常を察知できる
- AIと熟練者の役割を分担することで、限られた人材を最大限に活用できる
- RUL予測により、「壊れる前に交換」から「最適なタイミングで交換」への転換が実現する
ベアリングの異音を「なんとなく気になる音」で終わらせず、段階的な変化として捉え直すことで、設備保全の質は大きく変わる。
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