「同じようなインシデントが、また起きてしまった」
医療安全管理者や看護師長として、この悩みを抱えている方は多いのではないだろうか。
対策を講じたはずなのに、再発する。インシデント報告が「始末書」のように扱われ、本質的な改善に至らない。こうした課題を解決するのが、**RCA(Root Cause Analysis:根本原因分析)**だ。
この記事では、RCA分析の基本から、医療現場で実践するための具体的な手順、そしてよくある失敗パターンと対策まで解説する。RCAの手法全体を俯瞰したい方はRCA完全ガイドもあわせて参照してほしい。
RCA分析とは何か
基本的な定義
RCA(Root Cause Analysis)とは、インシデントの根本原因を体系的に分析し、効果的な再発防止策を立案する手法だ。
米国の医療機関でスタンダードとして確立され、日本でも四病院団体協議会の医療安全管理者研修で必須項目となっている。
RCAの基本思想:「人を責めない」
RCA分析の最も重要な原則は、個人ではなくシステムの問題に焦点を当てること。
| 従来の考え方 | RCAの考え方 |
|---|---|
| 「誰がミスしたか」を追求 | 「なぜミスが起きる仕組みだったか」を追求 |
| 個人の責任を問う | システムの脆弱性を特定 |
| 始末書・注意で終わり | 仕組みの改善で再発防止 |
「ヒューマンエラー」で終わらせない。これがRCA分析の本質だ。
なぜ医療現場でRCAが重要なのか
医療現場では、以下の特徴がある:
- 複雑なプロセス:多職種が関わり、引き継ぎも多い
- 高い緊張状態:生命に直結するプレッシャー
- 情報量の多さ:患者ごとに異なる状態と対応
こうした環境では、個人の注意力だけに頼る安全管理には限界がある。システム全体を見直すRCA分析が効果を発揮する。
RCA分析の5つのステップ
Step 1:インシデントの事実確認
まず、何が起きたかを正確に把握する。
確認すべき項目(5W1H):
- When:いつ発生したか(日時、シフト)
- Where:どこで発生したか(病棟、外来、手術室など)
- Who:誰が関与したか(職種、経験年数)
- What:何が起きたか(具体的な事象)
- How:どのような経緯で発生したか
重要:この段階では「なぜ」は問わない。まず事実だけを客観的に記録する。
Step 2:出来事流れ図(タイムライン)の作成
インシデントの経過を時系列で視覚化する。
例:与薬エラーの出来事流れ図
14:00 医師がオーダー入力
14:15 薬剤部で調剤
14:30 病棟に薬剤到着
14:45 看護師Aが与薬準備
14:50 看護師Aが患者確認 ← ここで患者取り違え
15:00 与薬実施
15:30 別の看護師Bがエラーに気づく
ポイント:
- 関係者全員からヒアリング
- カルテ記録、システムログと照合
- 「普段と違った点」を洗い出す
Step 3:なぜなぜ分析の実施
出来事流れ図をもとに、「なぜ?」を繰り返して根本原因を追求する。
医療現場での「なぜ?」の進め方:
【インシデント】患者Aに患者Bの薬を投与した
なぜ?→ 患者確認が不十分だった
なぜ?→ フルネームでの確認を省略した
なぜ?→ 時間的に急いでいた
なぜ?→ 同時に複数の患者対応を求められた
なぜ?→ 人員配置が繁忙時間帯に対応していなかった
【根本原因】勤務シフトが業務量のピーク時間に合っていなかった
守るべきルール:
- 全ての「なぜ」に客観的証拠を紐づける(カルテ、手順書、ヒアリング記録)
- 推測や憶測は排除する
- 個人攻撃にならないよう注意
Step 4:根本原因の特定と分類
複数の「なぜ」から根本原因を特定し、分類する。
医療安全でよく使われる分類(m-SHELLモデル):
| 要因 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| m (management) | 管理的要因 | 人員配置、教育体制 |
| S (Software) | 手順・マニュアル | 手順書の不備、ルールの曖昧さ |
| H (Hardware) | 設備・機器 | 機器の故障、使いにくい設計 |
| E (Environment) | 環境 | 照明、騒音、スペース |
| L (Liveware) | 当事者 | 知識、経験、体調 |
| L (Liveware) | 他者 | コミュニケーション、チームワーク |
注意:5回以上掘り下げると「社会が悪い」「制度が悪い」といった対処不能な原因に行き着くことがある。組織として対処可能なレベルで止める。
Step 5:改善策の立案と実施
根本原因に対して、具体的で実行可能な対策を立てる。
対策立案の3原則:
- 仕組みで解決:「注意する」「気をつける」は対策にならない
- 実行可能性:現場のリソースで実現できるか
- 効果測定:対策の効果をどう評価するか決めておく
対策の優先順位(効果の高い順):
| 対策レベル | 具体例 | 効果 |
|---|---|---|
| 排除・代替 | エラーの原因となる作業自体をなくす | ◎ |
| 工学的対策 | バーコード認証、自動チェック | ◎ |
| 管理的対策 | ダブルチェック体制の構築 | ○ |
| 教育・訓練 | スタッフへの研修 | △ |
| 注意喚起 | ポスター掲示、口頭注意 | × |
医療現場のRCA分析事例
事例1:与薬エラー
インシデント概要: 患者Aに投与すべき薬剤を患者Bに投与した
RCA分析結果:
| 段階 | なぜ? | 答え | 証拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | なぜ取り違えた? | 患者確認がフルネームでなかった | ヒアリング |
| 2 | なぜフルネームで確認しなかった? | 時間的余裕がなかった | 業務記録 |
| 3 | なぜ時間的余裕がなかった? | 同時に複数患者を担当していた | シフト表 |
| 4 | なぜ複数担当だった? | 繁忙時間帯の人員が不足 | 人員配置表 |
根本原因:繁忙時間帯の人員配置が業務量に対応していなかった
対策:
- ピーク時間帯(14:00-16:00)の看護師配置を1名増員
- バーコード認証による患者確認システム導入
- 与薬準備エリアでの携帯電話使用禁止(中断防止)
効果:与薬関連インシデントの大幅な減少が期待される(導入事例における参考値として前年比での改善が報告されている)
事例2:転倒事故
インシデント概要: 夜間、高齢患者がベッドサイドで転倒
RCA分析結果:
| 段階 | なぜ? | 答え | 証拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | なぜ転倒した? | ナースコールを押さずに一人で歩行した | 患者ヒアリング |
| 2 | なぜナースコールを押さなかった? | 「迷惑をかけたくない」と思った | 患者ヒアリング |
| 3 | なぜ迷惑と感じた? | 夜間は人が少ないと知っていた | 患者ヒアリング |
| 4 | なぜ人員が少ないことを気にした? | 以前「忙しい」と言われた経験 | 患者ヒアリング |
根本原因:患者がナースコールを遠慮する心理的障壁
対策:
- 入院時オリエンテーションで「ナースコールは遠慮なく」を強調
- センサーマット設置(ベッドから降りたら自動検知)
- 夜間巡回の頻度を増加(2時間→1時間間隔)
効果:夜間転倒事故の大幅な減少が期待される(導入事例における参考値として前年比での改善が報告されている)
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